電気機関車の出力はまさに力の象徴であり、2,550キロワットの機関車が主流の中で3,900キロワットのEF66形式は「ハイパワー機関車」として知られているし、JRになってから登場した6,000キロワットという出力を誇ったEF200形式もやはり「マンモス機関車」として鉄道マニアに知られている。数字はでかければでかいほどいい。分かりやすいヒエラルキーだ。
それに対してEF210形式は地味だ。出力は3,390キロワット。EF200形式どころかEF66形式にも及ばないアンダーパワー。30分程度なら3,540キロワットまで負荷をかけられるが、それでもEF66形式の3,900キロワットに遠く及ばない。EF200形式が大馬力過ぎて使い物にならなかったから、羹に懲りて膾を吹いたのか。どっちにしてもまあ、ハイパワーというイメージから遠く思われているフシがある。
しかし、機関車全体のデザインを見ているとEF210形式ってなかなかインテリジェントじゃないかなと思えてくる。実際、連続勾配が大して存在しない東海道本線や東北・高崎線なら十分すぎる性能を持っている。もちろんEF66形式と同等以上の仕事もできるだろう。
まず、EF210形式は直流型機関車だ。つまり電圧の上限は1,500ボルト。無尽蔵に電流を確保できればいいが、それが不可能なことはEF200形式が証明しているし、現状パンタグラフが2基である以上せいぜい3,000アンペアが上限と考えていい(非公式な情報で2,750アンペアがリミットという話もあるし)。つまり、EF66形式程度の電力でハイパフォーマンスを出す必要がある。
そこでVVVFインバータ制御だ。すなわち並列接続だ。EF210形式の初期車は1C2Mだが直列接続のEF66形式にくらべ踏ん張りが利く。100番台にいたっては1C1Mなので引き出しの融通にかけてはEF66形式の及ぶところではない。では1C2Mの0番台はどうなのか。実際に起動をイメージしてみよう。
EF66形式が起動する。後ろには1,200tの重りがぶら下がっているので、反作用の法則で後ろに引っぱられる。つまり、いちばん後ろの台車にトルクがかかり、いちばん前の台車にはあまりトルクがかからないことになる。それでも6台のモータは直列につながっているので、前野車輪は結果として空転しやすくなるし、せっかくのパワーを路面に伝えきれない。
EH210形式はコントとモータの関係が、コント1が1軸目+5軸目、コント2が2軸目+6軸目、コンと3が3軸目+4軸目という関係になっている。つまり、起動すると後ろの台車にトルクがかかるのは同じだが、結果としてコント1とコント3にかかる力が平均化し、粘着性能は格段に向上している。もちろん個別制御の100番台ではこういった細工も不要となり、各軸に適切なトルクがかかるので引き出しもより容易になっているわけだ。
さて、EF66形式はハイパワーというよりも高速運転にその性能を使っているためギアリングは3.55。つまり、低速は直列接続にして大電流をかけてトルクを補償し、定速度領域である70〜100キロ付近でもっともトルクが出るようになっている。
対してEF210形式は5.13。この数字の根拠は低速でも無理なく1,200トンを引出すためであり、高回転が保証されるインダクションモータなら高速域は回転数で補えるという考え方がある。
実際、ギアリングが低速側に振ってある分、定格速度は59.5キロとEF66形式よりも20キロ近く低い。だがモータの場合パワーは回転数で補える。回転数を阻むものはなんだ。逆起電力だ。直流直巻モータならそれは弱め界磁などで実現するが、弱めすぎれば閃絡を起こす原因ともなる。ましてや電気機関車の直流モータは端子電圧750ボルトでツリカケ式。高回転にははなはだ向かない代物なのだ(だからEF66形式の定格回転数は1,200rpmと抑えた上で、ギアリングを高速側に振らざるを得ない)。
その点EF210形式はインダクションモータだ。心配すべきはモータの温度上昇であり、回転数に関しては5,000rpm程度を常用しても何ら差し支えはない。関ヶ原の勾配にしても力行時間はせいぜい10分。余力を持って峠越えが可能だ。
実際ハンドルを握ったわけではないが1,200トンの貨物を牽引した場合、EF66形式では110キロを維持するのはたいへんだろうが、EF210形式なら性能上余裕をもって110キロを維持できるだろう。抵抗制御とVVVF、根源的に言えば直列接続と並列接続の差はかようにも大きい(ただし、これはEF66形式がタコスケなのではなく、EF66形式のもっとも得意とする速度領域が60〜80キロであるため。この速度域ではEF210形式もEF66形式には勝てない)。
とはいえ並列接続のというのは電機をバカ食いする。フルパワーで力行中にき電区間を越えると変電所にガツンと負荷がかかる。直列接続の抵抗制御なら、仮にフルパワーで突っ込んでも「ない袖は振れない」とばかりにモータには今流れている電気しか行かないのだが、VVVF制御は電圧がドロップした分は電流で取り返す。EF200形式のような1,000キロワットのモータで端子電圧1,100ボルトなら900アンペア近い電流が流れる。モータ6台で5,400アンペア。これを2基のパンタで集電する。
正気の沙汰ではない。
通常パンタグラフの集電容量は1基あたり1,500アンペアがいいところだ。
もちろん5,400アンペアの電流となれば変電所も異常短絡と見なして遮断器が降りても不思議ではない。これではハイパワーの意味がないではないか。
EF210形式は端子電圧1,100ボルトで出力565キロワット。集電電流は1台あたり500アンペアちょっとだ。つまり6台で3,000アンペアとなる。EF66形式(2,600アンペア?)よりちょっと高いかな、というところで抑え込んでいる。パンタ点電流も1,500アンペアとなり容量の限度内に抑え込んである。
直流電化という出力向上には不利な条件下で最大のパフォーマンスを得られるよう、理詰めで作られた電気機関車EF210形式。でき上がったものはたしかに、EF66形式と代わり映えのしないように見える、普通の機関車だ。
しかし、この普通は普通じゃない。普通を極めた普通なのだ。
JR貨物の電気機関車の中で、俺がいちばんかっこいいと言い切る理由はこの「究極の普通」にあるのだ。