2000年代に入ると、鉄道車両はオートクチュールからプレタポルテへと舵を切り始めた。これまでは各線区、鉄道事業者の事情に合わせて車両の仕様を切っていたものが、ある程度パーツを共通化し、価格を安くしようと考えて「標準化仕様」を定めた。
もちろんこの考え方はきわめて正しい。パワーエレクトロニクスの進化で走行特性はソフトウェアの書き換えレベルでいかようにも調整できるし、大口需要の都市圏電車ではたいてい「20メートル4ドア」か「18メートル3ドア」で事足りる。ならば多少の着心地の悪さ、性能面でのミスマッチは受け入れて、プレタポルテで多少のコスメティックを施せば安く大量に車両を導入できる。
しかし、世の中にはひねくれ者というか偏屈な奴がいるから面白い。
小田急電鉄。電車は常に高性能で、かっこよくなければ気が済まない鉄道会社。足の遅い電車、かっこわるい電車には他社のクルマですら容赦しない、そんな鉄道会社だ。小田急電鉄1000形を導入する際の「ステンレスカーを導入するのはやぶさかではないが、かっこわるい電車ではダメだ」と言い放ったあの小田急電鉄だ。
そんな小田急電鉄が標準型車両を導入する。形式は3000形。奇しくも初代ロマンスカー・SE(3000形)のナンバーを受け継ぐことになった通勤電車。小田急電鉄が新型車両を投入するんだからさぞかしかっこいいクルマになるに違いない、みんなそう思った。
しかし、ロールアウトされたその姿を見た鉄道マニアは一様に落胆した。
こんなの小田急じゃない。
スタイリングは四角いステンレスの箱、という形容がぴったりな味のないもので、側面は1.6メートルドアに挟まれた窓が無様に3枚並んでいる。もう少しやり方があるだろうと多くの人がそう思ったに違いない。
しかし、いざ乗ってみるとやはり小田急だった。
静かなのだ。そして速い。
初期形はMB-5092Aモータをギアリング7.07で回す。当然高回転(φ820条件時速100キロで4,576rpm)となるので相応に音はでかくなるはずだ。しかしとても静々と走るし、標準車体にありがちなダイアゴナルな揺れもかなり高いレベルで抑えられている。
これには何か裏がある。なくてはおかしい。
一番簡単なのは補強を入れることだ。車体の重量は重くなるが乗り心地は向上する。しかし、3000形は26〜33トン。重くなった形跡はない。であればなんだ。
答えはこの無様な窓配置にあった。ステンレス板はt2.5とほかのステンレスカーよりも1ミリも厚く、さらに柱の位置を最適化して、重量増を抑えつつ軽量化と高剛性を両立したのだ。つまりあの無様な窓配置は剛性を最適化した結果、穴をあけても差し支えない位置に開けた結果というわけだ。そういう「理由」が見えてくるとこの窓配置も小田急のかっこよさに見えてくるから不思議だ。
そう。小田急はやっぱり小田急だった。小田急の電車はかっこよくなければいけない。そして、高性能でなければいけない。プレタポルテの標準車両で小田急が満足するわけがなかったのだ。
剛性が高まれば車体がしっかり踏ん張ってくれるので、音・振の特性は飛躍的に向上する。時速100キロであればバツグンにバランスのよい車体剛性が踏ん張ってくれるので、ボルスタレス台車の悪癖である復元力過大によるヨーイングは抑えられる。ヨーダンパなどという無粋なモノなしに、基本パッケージで乗り心地を向上させた小田急の見識の高さは実に素晴らしい。さらにWNギアカップリングの低騒音化、防音車輪の採用など徹底的な静音化を計ることで、ギアリング7.07のWNドライブとは思えない静かで上品な電車となったのだ。
小田急の「攻めの姿勢」は3次車以降も続く。3次車以降はギアリングを6.06としてモータ出力を190キロワットにアップ。低速でのトルクを増大し、ギアリングを高速側に振って回転数を抑える(φ820条件時速100キロで3,922rpm)ことでさらなる静音化を計ろうとした。実際1次型に比べ時速100キロ条件で550rpmも回転数が落とせるのだから静粛性には大いに貢献する。趣味的には「低回転大トルクの三菱電機のモータ」が最高に生きる方向にセッティングしたという点も捨てがたいが、モータの回転数を下げることで低速で若干唸るものの、そのほかの速度域において上品さに磨きがかかったことは間違いのないところだ。
鉄道車両の「正しい資質」は軽量化にある。しかしそれはデザインいかんで剛性を失うことを意味する。剛性が失われるとどうなるか、振動、遠心力などの力に耐えきれなくなった車体が捩れ、ヨーイングやピッチングの元になる、また、捩じれるということは音が出るということ。当然静音性も低下する。これを解決するには高いデザイン力が必要だ。プレタポルテはそういったことをある程度見切って「お値段以上」で提供するもの。もちろんそれはせつなの見切りとして評価すべきものだ。
しかし、かつてロマンスカー・SE(3000形)でモノコック構造を採用し軽量化と高剛性を両立した小田急電鉄は、そんなプレタポルテにささやかな反抗を企てた。そして2代目3000形は板厚と適切な剛性管理で軽量化と高剛性を両立した。
小田急の電車は今でも、高性能でかっこいい「小田急の電車」なのだ。断じて標準型車両ではない。