原則として「基本無料」のサイトは、各社1列車ずつという原則にしたかったが、どうしてもJR東海に関しては1列車に絞れなかった。ので2回続けてJR東海、しかも新幹線となることをお許し願いたい。だが、今回の車両もN700系同様鉄道史に残る名列車であることは保証する。もう乗ることができないのが残念ではあるが……。
300系新幹線電車。1990年に「のぞみ」用として登場し、時速270キロ運転と東京〜新大阪間2時間30分運転で大きなインパクトを与えた車両だ。300系の登場はその後登場する新幹線電車に多大なる影響を与えたばかりでなく、世界の高速鉄道に対しても多大なるインパクトを与えたという意味で、0系に続く日本からのセカンドインパクトであると断言しても差し支えなかろう。
さて、その300系のデザインはどのようなものだったのだろう。
最高速度を向上するには大馬力のモータをぶん回せばいい、という回答は決して正解ではないことは、このブログの読者ならご理解いただけるだろう。新幹線ほどの高速列車となれば、その範はスポーツカーに取るのがふさわしい。
曰く、(1)車重は軽ければ軽いほどいい。(2)重心は低ければ低いほどいい。(3)前方投影面積は小さいほどいい。このほかに、スポーツカーならホイール/トレッド比やエンジン配置なども重要になるが、300系は電車なのでそこは考慮しなくていいだろう。逆に電車がゆえに(4)モータ出力は小さければ小さいほどいい。というのを加えるべきだろうか。
高速運転なのに馬力が小さくていいのかという向きもあるかもしれないが、多数の電車を走らせる東海道新幹線なのだから、編成あたりの電力は可能な限り小さくしなくてはいけない。実際問題、東海道新幹線では編成あたり電圧25,000ボルト、集電電流1,000アンペアの範囲でやりくりしなくてはならない。
つまり、モータのパワーを有効に活かすセッティングを求めるためには、(1)〜(3)を極めるべきである、ということになる。逆に言うと(1)〜(3)が極まれば、自然に(4)も満たされるというわけだ。
(1)については、まず車高を40センチ切り飛ばした。まるで黎明期のディーゼルカーのような野蛮な軽量化だが40センチ×25メートル分の鋼体重量がこれでざっくりと削れる。さらにボディを軟鋼の2/3の比重であるアルミにしてボディそのものを軽量化。しかもシングルスキン構造だからとても軽い。聞いて驚け鋼体重量6トンだ。20メートル級のE657系のアルミボディよりも25メートル級の300系のほうが軽いのだ。もちろんダブルスキンのN700系(7トン)など話にならない。そして屋根にはパンタグラフ以外載せない。エアコンは床下に移動だ。さらに座席も徹底して軽量化。寸法をミリ単位で詰め、部材には軽合金をおごるばかりでなく、背もたれの高さを詰めたり座席のばねも軽いものにしたりとものすごくお金と頭を使った座席になっている。1脚あたり100グラム単位の軽量化でも1,323席もあればバカにならない。そのくらい考え抜かれた座席なんだが、どうひいき目に見ても、特に初期車の座席は新幹線史上最悪ともいえる耐久性とかけ心地だったのはまあ、ご愛嬌。
これだけやれば自然と(2)(3)の要素である重心も下がり、前方投影面積も小さくなるというものだ。0系に比較して軸重はなんと5トン落とした11.3トン。
ではこの軽量ボディを支える足回りはどう選定すべきか。300系では300キロワットモータをギアリング2.96で回している。MT比は10M6T。総出力12,000キロワットで710トンのボデイを引っぱることとなった。100系は(騒音問題を除けば)270キロを出すことができたが、このときのギアリングが2.41だからずいぶん低速側に振っている感じに見える。
しかし(4)の条件を満たすにはギアリングはある程度加速寄りに振らなくてはならないのも確かだ。ぶっちゃけた話ギアリングというのはモータの力をどれだけギアで増幅するかということで、2.96ならモータの力を2.96倍にすると考えてほしい。ギアリングは力で回転数がスピード。そんな感じで認識してもらえばわかりやすい。つまり、ギアリングを加速側に振れば力は上がるがその分最高速度は落ちるというわけだ。
300系が高速運転を指向しているのに低速側へギアリングを振っているのは、これまでの直巻モータよりもインダクションモータなら1,000〜2,000rpm上乗せできるからだ。であればギアリングを多少加速寄りに振って、低速域で少ない電力で加速、高速域はインダクションモータの回転数にものを言わせて走るというセッティングを導くことができる。
とりあえず300系の編成重量710トンを出だしの加速力1.6キロ/秒で引出すとしたら、1モータあたりの引張力は900キロは必要。これは空車状態なので実際には1000キロ以上の力は必要となる。力はすなわち電流なので、主変換機がどのくらいの電流を出力できるかにかかっている。新幹線の集電電流上限は編成あたり1,000アンペアなので、25,000ボルト×1,000アンペア=25,000キロワット。こういう計算をしているとつくづく交流電化を実用化した先達に頭が上がらない。直流で25,000キロワットを集電しようと思ったらどうなることやら。
で、この「資源」から主変換機は4500ボルト/2,500アンペアを取り出し、インバータを通過して端子電圧1,800ボルトのモータを4台並列接続。定格電流は167アンペアだが、インバータでの損失を考慮に入れても低速域で300アンペアくらいならかけられる程度の余裕はある(ただし、オーバースペックではないのがミソ。クールだ)。
一方高速性能ではギアリング2.96で270キロ運転をした場合、車輪径820ミリ条件で5,200rpm。300系のTMT4モータのリミットは6,000rpmなので十分許容範囲となる。この2.96というギアリングはインダクションモータの特性をふまえた上での選定ということがよくわかる。もし直流直巻モータであれば5,000rpmの壁を破るのはむずかしかったし、冷却面でもいろいろ苦労があったことと思う。
N700系のキャッチフレーズは「高性能という、おもてなし」だった。高性能は多くの人を幸せにするという意味がこもった実に素晴らしいフレーズだが、300系も当時持てる技術を可能な限り組み込み、目をつぶるべきところはあっさりと見切って造られた、実にメリハリの利いた高性能車だった。
乗り心地の悪さ、座席のかけ心地の悪さなどで評判は必ずしもよいものとはならなかったが、現在東海道・山陽新幹線が航空機と互角に張り合えるのは、300系の技術的挑戦があったからだ。
そしてもうひとつ。
メインテナンス性に優れたインダクションモータによる動力分散式は、動力集中式列車のアドバンスであったメインテナンスコストにおいて、十分対抗できるものであることを知らしめ、結果地盤が強固で線路にも余裕のある欧州でも動力分散式が見直されるきっかけのひとつとなった。
300系は、0系に続いて世界にインパクトを与えたのだ。