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サマンサのおもちゃ箱

趣味の話ばかりになってきたので改題。模型やおもちゃや実車など、鉄道にかかわるそんな話をつらつらと。好きなジャンルは民鉄と新幹線ですが、最近は新幹線成分が多めですね

またあのときの夢を見たい

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またあのときの夢を見たい


 夢を見た。
 夜中、家の裏を走る川越線を音もなく電車が通過していった。寝ぼけマナコだったのでそれが現実だと知ったのは翌朝のことだった。
 誇張ではない。あのとき走り去ったE993系は本当に音がしなかったのだ。
 電車の音にはいろいろあるが、その中でもモータの磁歪音とギアの噛む音はたいへん耳に響く。これらを消すにはどうしたらよいか。モータは高回転になればなるほど音が大きくなるのだから、低回転で回せばいい。小田急3000形はこのメソッドで低騒音化をはかっている。ギアノイズは? こればっかりは金属がかみ合う以上どうしても音が出る。どんなに精度管理をしたところでクラウニングがへたれば音が出るのだ。ということはギアを無くせばいい。
 そういった考えをすすめていった先に、DDMというシステムが考えられた。
 車軸にモータの軸を兼ねてもらい、モータが『はじめ人間ギャートルズ』のごとく車軸に串刺しになっているそんな感じだ。車軸が直接モータになっているので、回転数も当然低くなる。たとえばギア比6.06の電車が4,200rpm回すとしたら、同じ速度をDDMで出す場合、約1/6の回転数、すなわち700rpm程度で同じ速度が出せるわけだ。ギアノイズもないしモータも低回転。これなら静かにならないわけがない。
 じゃあ電車はみんなDDMになればいいじゃないか。しかし、世の中の電車はおしなべてギアという厄介な部品を介してパワーを車輪に伝えている。部品点数は少なければ少ないほど良いというのはエンジニアリングのイロハのイであるが、そうなっていないということはそれなりの理由があるからだ。
 ギアの役割はなんだ。パワーを増幅することだ。モータは回転力がすなわちパワー。ぶっちゃければ回転数が高いほどパワーが出る。低速では当然低回転なのでパワーが出ない。ならばギアで回転数をトルクに変えて、モータをハナっから高回転で回してしまおうというのがギアの役目だ。ギアリングの数字はぶっちゃけ、たとえば4.21ならモータの力を4.21倍すると考えてもらえばいい。
 ところがDDMにはギアはない。つまりギアリングは(ギアがないのにギアリングというのも変な話だが)1だ。高速域でたとえば、ギアリング4.21の電車が3,700rpmで走っているとすれば、DDMでは4.21で割って879rpm。高速域でもまるで踏ん張りが利かない。
 ならばモータのパワーをあげるしかない。モータのパワーをあげるには磁束密度を上げるのが効果的だ。細かい話は抜きにして磁力を上げればいい。しかし電磁石では磁力を上げれば相応に温度上昇が問題となるし、架線電圧が決まっている以上並列接続とはいえながせる電流量にも上限がある。また、大電流は絶縁破壊などのリスクも伴う。
 ならば永久磁石ならどうか。つまりPMSMだ。ロータをとてつもなく強力な永久磁石で造れば電気食いの問題は解決するが、今度は磁力アップには磁石そのものを大型化しなくてはならないという問題が出てくる。大きくするには磁石の長さをのばすか磁石の径を太くするかだが、長さに関しては狭軌鉄道ならバックゲージ990ミリという制限があるし、太さに関しても車輪径に制限される。それでも希土類を用いて小型ながら協力な永久磁石が実現し、E993系でそれを搭載して5連接で4モータという経済的な数で動かしてしまったのは大したものだった。
 しかし、それでめでたしめでたしというわけにはいかないのがDDMの厄介なところだ。なんせDDMはモータが全部バネ下なのだ。ツリカケ時代だってもーた重量の半分はバネ上だった。それを嫌ってカルダン駆動に走ったのに、今度はモータ全部がバネ下なんておかしな話だ。蒸気機関車のハンマーブロー現象のようにバネを介さず線路に直接ダメージが及ぶようなシステムを、現代の鉄道が許すわけがないし、それは21世紀の鉄道のあるべき姿ではない。
 ありとあらゆるリスクを受け入れて静かな通勤電車を造る夢とE993系はこうして、物理の前に崩れ落ちた。もちろん将来、革新的な技術によりDDMが可能となる日が来るかもしれないが、それまではまだ、夢を見ているほかないのである。

 そう、夢だと思っていた。しかし、ディズニーランドの帰りに見たそれは「現実」だった。夢の国からの帰りだけに、夢の続きを見ているのかと思ってしまったが、そいつは現実として目の前にあらわれた。
 E331系。通勤電車の理想を詰め込んだ夢の電車。
 DDMに連接構造という、乗り心地という一点においては完璧な電車だった。
 台車間距離13,600ミリは20メートル級の通勤電車のオーバーハングを丁度ぶった切った長さ。これを5両と先頭車、中間連結車を合わせた7両1ユニットを背中合わせに2本つないだ14両編成の電車だ。これで輸送力は20メートル級10両編成と同等。台車の数は4個減り、オーバーハングが短くなる分車体幅も少しだけ広げられ、また、連接部も乗車位置として活用できるなど通勤形電車としての正義を見事なまでに実現していた。
 走りももちろん連接&DDMだから悪いわけがない。連接車故に車輪に重量がしっかりとかかって静々と加速し、オーバーハングがないのでボルスタレス台車に特有の復元力過多によるヨーイングもない。従って揺れも格段に少ない本当に素晴らしい電車だった。座席が……特にボックスシートがおおよそ人間の座るに値するものではないというただ一点を除いては。
 この電車が通勤形電車のスタンダードになれば……という夢を思わず見てしまいそうになったが、現実はそれを許さなかった。度重なる故障、スタンダードから外れることによる検修体制の手間、連接構造故の融通の利かなさなど、運用面の欠点がこれでもかとばかりに露呈し、「稼げる列車」には成長し得なかった。
 ここでも夢は、鉄道運営という現実の前に崩れ去った。そしてJR東日本のお金をかけた壮大な夢も、ここで潰えた。
 しかし、E993系とE331系が残したデータがいつか顧みられ、夢が現実になる日を期待してやまない。俺はE331系は今でも「快適性という理想にいちばん近づいた通勤電車」だと思っている。
 でも、あの座席だけはかんべんな。
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