今でも忘れられない、1995年1月17日。
阪神大震災。
震災から1ヶ月後、逆瀬川に住む親戚に食料を運びにいったとき、いても立ってもいられずがれきだらけの西宮北口駅から今津ゆきの電車に乗った。
今津駅前の阪神電車の踏切。警報器が鳴ると、5001系の青木ゆきが猛然と加速していった。あのとき俺はがれきの中を「いつもの速度で」走る阪神電車に電車屋の意地と誇りを見た。
そんな阪神電車が震災前から企画していたものの、たまたま震災に遭って復興の象徴のように登場した電車が5500系。シルキーグレーとアレグロブルーのボディは再生する阪神電車の象徴として燦然と輝いていた。
……センチメンタルな話はここまで。
阪神5500系は普通電車専用というたいへん地味な役割を持って登場した電車だが、キャラクターとしてはこの上なくアクの強いクルマだ。梅田〜元町間320円、いちばん贅沢な移動はズバリ、阪神ジェットカー、特に5500系であると断言できる。
実際に乗ってみれば分かるが、加速感がハンパじゃない。起動から非同期領域を出るまでは「比較的」ゆるゆると引きだすが、10キロからは体にGを感じる猛烈な加速となる。運転台の後ろにかぶりつくと、速度計の針がありえない勢いで80キロまで上がっていくのがわかる。これまでのジェットカーよりも加速力の数字そのものは4.5キロ/秒から4.0キロ/秒に落としている。そのかわり54キロまで4.0キロの加速力を維持したまま走ることで他のジェットカーと同等の走りをしていると説明されているが……。
とんでもない。
実用範囲ギリギリまで落とさないと、変電所の負荷がものすごいことになるからだ。
モータ出力そのものは110キロワットと控えめ。ただし全Mなんで4両編成ながら16個ぶら下がっている。コントはMAP-118-15V。つまり1C8M×2コント。ドンガラは140トン程度なのだからこれは速いぞ!
加速中のアンメータを見ると、ピークでおおむね120〜130アンペアを指す。5500系は4連で16モータなので16倍すると1920〜2,080アンペア。4両編成でこのくらいならまあ、と思うかもしれないが、インバータらなんやらの機器を通過するぶんのロスや乗客の加重、架線電圧の変動を考慮に入れると細かい話は抜きにして、2,500アンペアは確実にパンタ点で集電している計算になる。以前のEF210形式の話のときに、パンタ1個の集電電流はいいところ1,500アンペアと話したと思うが、阪神5500系は2パンタ。つまるところ、EF66形式なみの集電電流で動いているというわけだ。1C4Mの4パンタでもよかったんじゃないか(実際5550系は3M1Tで3パンタにしたところを見ると、2パンタは苦しかったんだろうな)と思うが、ただでさえ高価なジェットカーだからコントは最小限にしたかったろうし、そうなると1C8Mのユニットを背中合わせにつなぐというコンセプトだと、2パンタをどう配置するか苦労するだろうな。
ところでEF66形式は2,750アンペアの電流で1,200トン+機関車重量108トンを動かすが、阪神5500系は?
4両140トン。満員にしたってせいぜい250トンだ。
これを贅沢といわずになにが贅沢というのだろう。だからうっかり阪神電車の旅客数が激増して普通車を6両にしたくても、5500系の場合無理なのだ。集電電流が4,000アンペアを超えて変電所が落ちてしまう。じゃあ変電所を増強すれば? 今度は架線が溶けるわ。現状でも「ジェットが前を走っていると赤胴の加速が落ちる」と言うくらいに電気を食うのだから。
そしてこの潤沢な電流を、ギアリング7.07で回す。加速に全振りだ。その結果、ギアリング7.07でも計算上は110キロまで引っぱってもまだ加速余力があるという結果になる。マグロの刺身を大トロだけ食べて後は捨てるような贅沢。これだけの贅沢に電気を消費しているのに普通運賃だけで乗れるのだからこれ以上の乗り得列車などないと言っていい。
乗り心地もいい。シルキーなのはボディカラーだけではないのだ。なんせトレーラーがないのだからシルキーに加速する。T車遅れ込めブレーキなどというものもないので全車両が棒のように加速し、減速する。TDK-6145Aモータの甲高い音が、7.07というギアリングのおかげで54キロから上はさらに官能的に響く。こんな贅沢な普通電車、日本中探したってどこにも存在しない。阪神間の移動で阪急電車が高級とするならば、阪神ジェットカーはズバリ「贅沢」だ。
もちろん、阪神電車がお金をかけてこのような電車を走らせなくてはならない理由は存在する。決してスキモノが金にあかせて作った道楽グルマではない。
だからいいのだ。
すべてが必然に満ちた、駅間距離1キロに最適化された日本でいちばん贅沢な電車。
それだからこそ、人は心惹かれるのだ。