自動車にタウンカーやスポーツカー、トラックなど用途に合わせてさまざまな種類があるように、鉄道車両だって用途によってさまざまな種類が存在する。しかし、よほどのカーマニアでなければセダンとGTカーの違いがわからないように、鉄道マニアでもなければ国鉄特急型車両と民鉄特急型車両のデザインコンセプトの違いなどわからない。
国鉄型と民鉄型最大の違いは汎用性だ。民鉄は近鉄のような大規模なものでもせいぜい延長500キロ。サービスは30~50キロごとにあり、高需要区間のボリュームが大きいのでターゲットを絞りやすい。なんとなればピンポイントで変電所を増設し、ツインカテナリの架線をおごって560アンペア起動なんて荒業も可能だ。
しかし国鉄はそうはいかない。延長およそ20,000キロ。サービスだって比較的詰まってる幹線ですら50キロ~100キロ近く開く。亜幹線や地方幹線なら200キロ近く開きかねない。路線規模が大きいということは設備投資の「集中と選択」が難しいことにもつながる。変電所だっておいそれと増強はできないし、首都圏の混雑規模は民鉄の比ではなかった。小田急や京王がやっとこ6両編成で2~3分ヘッドでラッシュをさばいていた時代、首都圏の国電は1分50秒ヘッドの7~10両編成だったのだ。当然1編成あたりに供給できる電流も制限され、500アンペアなんて夢また夢、350アンペアでもアップアップするような状態となる。そんなところに「民鉄のような高性能車」を入れることができるだろうか。
逼迫するラッシュ輸送に大事なものは、1両でも多く、少ない電力で走れる電車となる。少ない電力ということは当時で言えば界磁チョッパ制御や電機子チョッパ制御になるが、それでは価格が跳ね上がり、「1両でも多く」は満たされない。そんな「国鉄型のデザイン」はどうあるべきなのか。
103系はそんな中で作られた、国鉄のスタンダード通勤型電車だ。MT比1:1で走れるように性能が選定され、モータは110キロワットで定格1,250rpmのMT55。これをギアリング6.07でまわす。6.07というギアリングは現代の目で見れば快速~特急用のそれに見えるが、当時としてはなかなかのローギアード。ただし車輪径が910ミリなので実質のギアリングは5.6相当と考えていい。
それにしてもこのセッティング、ぱっと見には速度が出ないんじゃねぇかこれ、と思うかもしれない。実際全界磁定格速度は33.5キロとまるで民鉄電車並みの低速だ。しかしこれがなんだかんだで高速もいけてしまうのは、ひとえにMT55の優れたトルク性能のおかげだ。何といったって補償巻線なしでピーク4,400rpm回ってしまう。整流大丈夫かよと心配になるけどそこは大径モータでカバー。MT46Aのウイークポイントであった温度上昇を解消するため絶縁対策もバッチリだ。その代償としてモータの重量は980キログラムととてつもなく重くなった(それでもMT40の半分だから軽いっちゃ軽いけど)が。似たような特性のMB-3020が720キロ程度だから相当絶縁に気を使ってぶっとい巻線にしたんだろうなと想像できる。
103系が常磐快速で走っていた頃、高速域でのモータ音を「悲鳴」にたとえられることが多かった。これがゆえに103系は高速向きではないといわれたものだが、100キロでもφ860条件で3,740rpmと、そこまで限界走行をしていたわけでもない。なんだかんだでφ910という車輪に助けられていた面もあるが、103系の高速性能は想像以上にポテンシャルが高い。少なくともギアリング4.82の近郊型電車の代わりは十分に務まる。
ところで、100キロ運転での回転数が3,740rpmなら、ピークいっぱいまで回せばもう少し速度が出るのではないかと思うのだが、実際乗ってみると苦しいなりにもそれなりに余力があることがわかる。4,400rpmでの速度はφ860で117キロだが、重量の関係でそこまでは無理にしても、100キロくらいならなんとか射程距離に入る。そういう意味では103系、かなり性能面では万能なのだ。
しかも電気を食わない。定格速度を低くとってさっさと抵抗段を抜け、弱め界磁で70キロくらいまで上がったところでノッチオフという運転をする分には、驚くほど電気を食わないクルマだ。低回転で台トルクなので、大電流を使わず、390~420アンペアくらいで加速。ギアリング6.07なのであっという間に40キロ前後まで上がって弱め界磁に入れば200アンペア程度で加速していくので総じて電気を食わないわけだ。これがギアリング5.6となると、多少の高速性能との引き換えに加速時間が延びるか電流量を上げるかしなくてはならない。当時「1両でも多くの車両を流す」という命題に対し、ギアリング5.6はありえないし、低速のトルクを電流で補償するMT54モータの採用もありえなかったのだ。このように、足回りに関しては103系、とてもクールなデザインとなっている。限られた予算の中でできることを愚直にデザインした、華はないが知的なデザインと言っても過言ではない。
またこれは結果論だが、低速のトルクを重視しなおそれなりの高回転を重量増を省みず保証した結果、電力設備が脆弱な路線にも入線可能という汎用性を結果的に身につけた。駅間距離が4キロ程度で加速力は1.7キロ/秒もあればいいのであれば、コントを4モータ対応のものにして1M1Tで限流値280アンペアなんてセッティングも可能だ。これによって電化設備の投資額も抑えられ、地方路線でも直流電化で採算が取れる、すなわち安い地上設備と安い車両で営業ができる可能性を生み出すことができた。103系を改造した105系が現在でも活躍しているのは決して偶然ではない。数ある国鉄電車の中でも103系の汎用性はとにかく、群を抜いている。
ところで、103系はMT比1:1で通勤型としての性能を満たすようにデザインされているが、もしこれが4M2Tになれば当然、錘をはずしたぶんだけ速くなる。もし電力設備のコンディションが良好で、2両固定の…たとえば播但線の103系3000番台が限流値480アンペアで走ったら、きっとその胸のすくような走りにしびれてしまうのではないだろうか。低速側の大トルクをダッシュに全振りしたスタートダッシュ、そう、阪神ジェットカーのそれだ。実際オールMなら300アンペア満車条件で3.2キロ/秒の加速力を叩き出せるし、480アンペアであれば6キロ/秒を超える。
103系、巷で言われているような低性能などではまったくないのであった。重たいT車、重たいペイロードを満載してもなお変電所を傷めずにそこそこの性能で走れる、まったく持って基本性能の優れたグッドデザインの国鉄型電車だったのだ。
ただし、素性はよくとも乗務員の評判は芳しくなかった。特にブレーキ。発電ブレーキによる大電流を受け止めるためガッチガチに絶縁強化したMT55モータを持ってしても、90キロオーバーからの発電ブレーキは荷が重く、しばしばサーキットブレーカが運転中にトリップした。さらに抵抗制御ゆえに速度域によってブレーキのかかりにムラがあり、SELDブレーキにもかかわらず衝動防止には熟練の技が必要ではあった。
また、旅客にも評判は芳しくなかった。床板を簡略化したため騒音がモロに車内に入ってくるわペデスタルやスイングハンガの公差範囲からくる不快な振動(これは線路にも責任があるが)など、当時の民鉄電車と比べても明らかにその水準は下だった。
これも、「1両でも多く」という考えから見切られた部分であり、国鉄電車ならではのデザインといわざるを得ないところだ。製造費が10%削れれば10%車種が増やせる。当時は混雑率の緩和こそが快適な条件であり、車内設備の充実まで手が回らなかった。そんな時代だったのだ。
そんな時代背景を踏まえて、103系の高速運転をまだ楽しめるうちに体験しておきたい。
さまざまな制約の中でベストを尽くしたグッドデザインの通勤電車として。
扉数こそ3ドアでコントはCS51で並列段を持たないが、103系の発展型としてJR四国121系をあげておきたい。103系の非冷房MM'ユニットよりも3トンほど軽くなったボディにトルクフルのMT55を組み合わせたセッティング(ギアリングも6.07だ)は、まさに103系の理想を体現したような胸のすく走りを見せてくれる。決して駅間距離は短くない予讃線でも優れた走りができることからも、103系のデザインはたいへん優れていると判断できるというのが俺の見立てだ。